残念なだいがくせ〜

イケメンの無駄遣いと言われる残念な僕が知・徳・体を兼ね備えたかっこいい男になるために試行錯誤しております。

性格・態度を相手によって変えてもいいじゃないか。一つの才能だよ。

 

 

 

今回は禁煙日記から脱線して、

最近読んだ本から人間関係について書きたいと思います。

 

 

 

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この記事を読んだ後には

・それぞれの人に対して違う顔してもいいんだ。

・他人のことで自分が悩むのはもうやめよう。

・人によって違う対応していたけど、どれも本当の自分なんだ。

 

 

そうなれるよう、また著者の気持ちが伝わるように書けたら嬉しいです。

 

 

 

 

本当の自分とは何か?どれなのか?

 

なぜこんなに一貫性がないんだろう。

どの人に対して現れている顔が本当の顔なんだろう?

 

 

 

 

 

 

・飽きっぽい。

・自分の中にこれと言った軸がない。

・人に流されやすい。

・誘いを断るのが苦手。

 

 

「本当の自分」がわからないまま、

現在の友達・先輩や後輩、いろんな人と関わっているのが現状。

 

 

 

 

地元の友達や大学での友達、バイト先での友達、みんなに対して

同じ自分でいることができているでしょうか?

 

 

 

僕は相手次第で自分がコロコロ変わります。

それが嫌で悩んでいました。もしかしたら多重人格なのかなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本は西洋から「individual」の概念を近代に学び、

「個人」と翻訳しました。

 

individualは、in+dividualから作られ、

dividualはdivideの分けるという意味を持つ動詞が由来で、

否定の意味を持つinがくっついて、「分けられない」という意味を持つ単語です。

 

 

つまり、個人は、分けられない=人格・自我は一つであると考えられた。

 

 

 

 

 

では実際にそうだろうか?

 

 

 

例えば、僕の場合ですが、高校時代の友達にはリーダー的存在として慕われています。

自分で言うのもあれですが、部活ではキャプテンをしましたし、

チームとしてインターハイで2位にもなりました。

 

 

そんな友達から言われることは

「〇〇はさすがだな!」

「やっぱり〇〇はかっこいいね。」などです。

 

 

 

逆に中学時代の友達は僕のことをいじり倒してきますw

離島から引っ越してきたこともあって

内地の人や雰囲気を軽くバカにしていたんですけど、

そのせいで僕が地元の方言にちなんでをバカにされる感じでいじられます。

 

 

大学の友達にはお兄ちゃんみたいと言われます。

 

 

 

 

 

この全く違うキャラを私は演じ分けているのでしょうか?

 

 

 

 

 

もちろん違う。勝手にそうなっていた。

意図して使い分けていたわけはない。

 

 

 

ツイッターなんかでもこんな人周りにいませんか?

普段は大人し目で口数の少ない人が、ツイッター上では饒舌で雰囲気も違う。

 

 

 

 

どれが本当の自分なんだろう?

どれも本当の自分なんです。

 

 

こんなことで悩んでも意味ないんです。

与えられたものを生かすのが、人間だと思います。

ただ無い物ねだりしているだけです。

自分にないものを持っている人に憧れちゃうんですよ。

無理に変えようとしても疲れるだけ。

 

 

 

ここで変えようと努力する中で得られる経験は

間違いなく自分の財産になりますが。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

本書では、分けられない「個人」を

「分人」として造語されてます。

 

 

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 そして、この「分人」は相手との相互作用で生じる。

人格は相手と時間をかけてコミュニケーションをした結果生じるパターンである。

と本書では書かれています。

 

 

 

 

一つの才能だと思います。

誰とでもうまく接することができない、

同じ考えを持った人としか仲良くすることができない、

一貫性のある人にはない社会性のある人間です。

 

 

 

 

 

 

 

嫌いだった自分を肯定し、今日もポジティブに生きていく助けになればと思います。